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よきもの

2005.09.23 *Fri
もの。
ひとにとって、「よきもの」ってなんだろう。


・・・
私事を記して恐縮だが、今週、身内を見送った。
今日、火葬場に行く前、棺の中に何を入れてあげようか、、、と思い巡らした。

大切にしていたもの。
好きだったもの。
旅立った先で使ってほしいと思うもの、、、。

思い浮かぶものは、数々あったけれど、
最期まで吸いたがっていたタバコと、手紙、そして今朝ベランダに開いた白バラだけを納めた。

《死と炎》 1940 
谷川俊太郎さんの詩



かわりにしんでくれるひとがいないので
わたしはじぶんでしなねばならない
だれのほねでもない
わたしはわたしのほねになる

かなしみ
かわのながれ
ひとびとのおしゃべり
あさつゆにぬれたくものす
そのどれもがひとつとして
わたしはたずさえてゆくことができない

せめてすきなうただけは
きこえていてはくれぬだろうか
わたしのほねのみみに




どんなに「よきもの」を作っても、それを持って旅立つことはできない。
どんなに「よきもの」を得ても、それは生きている者が使ってこそ、「よきもの」として存在できるだけだ。

ものづくり、の展覧会を企画している者としては、少しむなしい。
けれど、一筋の光も感じる。
生きているとき、「よきもの」に巡り合って、好きだと思えることが、どんなにかけがえのないことか。
ひとりの生の終わりに、その者の縁(ゆかり)のものを思い巡らした時、ふと、そんなことを感じた。

人もいずれ土に還る。
ならば同じように土に還るもので、「よきもの」に出会いたい。
それは永遠に持ってはゆけぬものだけれど、
「よきもの」と結ばれた時間の幸福は、生きている者のこころを確かに照らす。

「工房からの風」で、私が「よきもの」と感じるのは、そんなものだと思う。 
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テンプレート配布者:サリイ  ・・・  素材:TripISM

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